プロフィール

コロンができるまで ~ビーズチャーム制作者:まつだけいこの話

2004年頃より、独学でビーズワークを始めました。 夢いっぱいの小さなチャームを作っています。 2007年(財)日本余暇文化振興会「ビーズスキル認定証」取得。 2014年にビーズのチャーム屋さん Colone(コロン)が誕生。 現在は主に、関東のハンドメイドイベント、カルチャースクールなどで活動中。

私が初めてビーズに興味を持ったのは、たしか3歳のクリスマスのときでした。
自分のプレゼントのことは、あまり覚えていませんが、そのとき姉に届いた、キキララのパステルカラーの小さなビーズセットがとてもすてきに見えました。
もう少しお姉さんになったら、サンタさん、私にもくれるかなぁと思っていた、ある日のことです。
なにかの景品で、ピエロのシールが付いている、小さなコルク付きのガラスビンをもらいました。
そのビンの中には、色とりどりのつぶつぶのビーズが入っていて、とってもかわいい!
それを眺めるのが大好きでした。


PIERROT BEDADS

小学生くらいになると、机の棚にある小さな箱の中は、様々な小さな夢のかけらでいっぱいになっていました。
道で拾ったBB弾やコイン、学校でもらった良い歯バッジ、お土産で買ってもらったさざれ石、友だちがくれた子ども用のアクセサリー、母がフェルトで作ってくれた猫のマスコット…
ビーズも何かの度に少しずつ増えていき、とても雑多な色、形の集まる小宇宙が形成されていきました。

中学生くらいになると、そのごちゃっとした小箱のビーズの中から、赤いビーズだけを探して、はり金に通してブレスレットを作ってみました。
すると、それを見た妹が興味しんしんで、「なにそれ作ったの?いいなぁ」と言ってくれました。
こんなに雑多な中から、新しくきれいなものが作り出せるんだ、と意外な思いで、なんだか得意げな気持ちになりました。

そして、私は十代のころ、体が弱かった時期があり、そのときにも、ふとマロンクリーム(サンリオのうさぎのキャラクター)の小箱の中に入った、つぶつぶのビーズを見つけました。
今度は、ピンクと白、ゴールドのビーズを集めてテグスに通し、両端にはどこかで取れてしまっていたネックレス用の引き輪を付けてみました。
それはちょうど、グラスコード(めがねチェーン)にぴったりの長さだったため、母にあげることにしました。
すると、母はとても喜んでくれたので、私もとても嬉しくなって、さらに新しいものを作るようになりました。

そのときは、ただビーズの色を組み合わせて糸に通し、きれいな配色の一本のラインを作ることに夢中になっていましたが、そうする内に、だんだんとそのつぶつぶのビーズは少なくなっていきました。

そして、初めて自分で新しいビーズを買いました。
ちょうどその頃、日本では大人の女性の間でビーズのブームが起こり、たくさんのビーズショップやビーズ雑誌が新しく誕生していました。
それがブームだったと後になって気づきましたが、私は今でもずっと、そんな世界が大好きです。

私の小箱にあったビーズは、シードビーズという種類だと分かり、特に初めのころは、その当時あった、「こつぶ屋」さんというシードビーズ専門店がお気に入りでした。
毎月、自分のお小遣いの範囲で買っては、ビーズの小袋やケースを小箱にきれいにしまっていくのが、とても楽しいひとときでした。

その箱もいつしか、コーヒーカップの入っていた、一回り大きな紙箱に代わっていました。
それまではごちゃまぜのビーズの中から、ランダムに通して作っていましたが、新しく買ったビーズは、同じ色が粒ぞろいでたくさんありました。
そのため、今度はそれらを編むようにして形を作ってみるようになりました。
はじめに出来たのは、5弁の小さなお花、たしかぐうぜんでしたが、なにか発見者になったような、とびっきりの喜びがありました。

そんなことを知った両親が、ときどきビーズの雑誌を買ってきてくれるようになりました。
それをながめるのも大好きでしたが、実際に作るときは、本は見ないようにしていました。
私は後に、刺しゅうやレース編み、リボンワークなどの手芸全般が好きになり、洋書や古書などの手芸本を集めたり、見よう見まねで作ったりしていました。
そんなふうに、手先を使った小さなものづくりというのが、私のなによりの趣味ですが、特に、ビーズワークは材料が多様なため、自由に試行錯誤するのが面白いと感じていました。
さらにテグス編みは、図形的な組み立て方をするときれいな形になるため、それを見つけ出しながら、かわいいものを創り上げていくということがとても楽しかったのです。

そして、まるで太古昔の生物のような、ふしぎな形のモチーフをたくさん作ってみたり、そこから星や花に似た形にアレンジしてみたり、本当に私の遺伝子にもビーズが挟まってるんじゃないかと思うくらい、夢中になりました。

昔の練習作品
初期のころ、ふしぎなモチーフ

しかしときには失敗もして、初めのころは、ビーズを通した一本の長い糸が切れてしまい、通したビーズがほとんど抜けてしまいました。
そんなふうに自信を無くしてしまったとき、母はいつも、「あんなにきれいなものが作れるじゃない」と言って、励ましてくれました。

その言葉は、今でも思い出す度に、私の心に熱く響いて、ふしぎとキラキラとした希望が湧いてきます。
ときどき、私の作品を見た人が嬉しそうな顔で、すごいね、なにかがちがう、才能があるね、と言ってくれることがあります。
でも実は、ただとことん好きなことをがんばってきた、その結晶なんだと思っています。

夢中になって作り続けていくうちに、いつしか、これが仕事になったら、と考えるようになりました。
そして、独学だけではなく、客観的にも良い作りを学ぶために、ビーズの資格を取得することにしました。
そこには新しい発見がたくさんあり、特にピンワークなど、しっかりとした仕上げのスキルを身につけることが出来ました。

修了後はさらに、技術だけではなく、実際に身に付けて使うところまでデザインしたらどうだろう、と考えるようになりました。
そして、作りためたそれらの小さなモチーフは、バッグにちょこんと付けるとすごくかわいい、ということに気づき、そんな「チャーム」というアクセサリーが大好きになりました。

モチーフの種類もイチゴやデイジー、リボンなど、かわいいものが作れるようになり、それら十数点を集めたカタログを手作りすることにしました。
そして、特に丸みのあるビーズが好きだったことから、そのカタログに「コロン」という名前を付けました。

さらに、そのカタログと作品を持って、生まれて初めて飛び込み営業に行きました。

最初のお花屋さんには、すぐに断られてしまいましたが、次に行ったベビー服屋さんは、なぜか温かく迎えてくれました。
話をすると、2歳以下の赤ちゃんは何でも口に入れてしまうから、取り扱うのは難しいということでしたが、最後に店主さんがとつぜん、「私、個人的に買うわ」と言いました。
私がとまどっていると、店主さんはレジからお金を出して私の手に置き、てるてるぼうずのチャームを受け取ってくれました。
私はまさか、買ってくれると思っていなかったので、「領収証がないです」と、うれし涙と共に声を絞り出しました。

実は、店主さんは小学校で音楽の先生もされているそうで、私の夢も、応援してくれたのでした。

てるてるぼうずのチャーム
てるてるぼうずのチャーム

その後も、その店主さんの助言通り、勇気をもって、いくつか営業に行きました。
意外にも真剣に話を聞いてくれたり、親切なお店屋さんも多かったのですが、お互いに例外的な試みだったため、一旦、別の方法も考えてみることにしました。

折しも、その頃からハンドメイドブームのきざしがあり、そんな手作り品を売買できるイベントや、委託販売のお店、オンラインのマーケットプレイスなどが活発になってきました。

以下は、それ以降の、コロンとしての活動履歴です。